2009年8月19日水曜日
手で見る彫刻
7日の午後、世田谷美術館で「手で見る彫刻展 ルーブル美術館の試み」
という講演を聴いてきた。
視覚障害者が美術を鑑賞するにはどうすればいいのか、という問題に対して
数々の鑑賞手法を作ってきたシリル・グイエットさん(ルーブル美術館の
教育普及担当)のお話だ。
公園入口に割引券がある。
開演時間ぎりぎりに用賀駅に着いた。昼ごはんはドトールで赤ジャーマンを
パクついて、それからタクシーで美術館に乗り付けてなんとか間に合った。
聴衆は60人くらい。(以下は個人の講演メモ)
まずはルーブル美術館の簡単な説明があった。
いま8つの部門、近代で5つ(絵画、彫刻、グラフィックアート...)、
エジプト、ギリシャ、イスラム、が美術館にあり、イスラム美術を拡張
しているところ。ルーブルは拡張を続ける美術館である。
昨年は851万人(!)が来館し、その67%がフランス語圏以外。
視覚障害者だけでなく、フランス語を解さない人にも楽しめるように
もろもろの工夫をしている。これは公共の施設として「すべての人に
開かれた美術館」として模範的な施設でなければならないという
使命があるからだ。
具体的には1989年(この年、フランス革命200年を記念してガラスの
ピラミッドが完成した)以来、アクセシビリティに取り組んできた。
どんな人にも障害をもつ経験がある。
年をとったり、妊娠したり、けがや病気のときもある。
さまざまな人が快適に鑑賞できるように、障害者にむけたツールが、
それ以外の人の鑑賞にも役立っている。
ルーブルは火曜日が休館だが、その日は障害者のグループが楽しめるように
ガイドツアーを実施するようにしてきた。障害者と同伴者の入場は無料だし、
介助犬も同伴できる。
1995年にはタクタイルギャラリー(触れて感じる展示)を作った。
80㎡に20点の作品。代表的な作品の複製を作って触れるようにしている。
また、オリジナルの素材も添えてある。
鑑賞しやすいように、大きな文字での案内やオーディオガイドも作った。
2000年からは企画展でテーマを持たせた。
全盲の人が彫刻を「発見」する場所になっている。
障害者は触覚に頼るので、彫刻が最も鑑賞しやすい。
全盲の人が全体像を分かるまでには時間がかかる。
それには近寄って、体全体を使用して見てもらう必要がある。
まずは統合的、全体的な理解が第一段階。
手のひら、両腕、体全体を使って、形・形状、大きさ、輪郭、量感、構成、
を全体的に見る。
次に指を使った鑑賞で、より詳細なディテールを掴む。
分析的な鑑賞で表情やしわを見たり、また、様式も見る。
大きな作品の場合はどうする?
例えばミロのビーナスは大きいので、まずは縮小版を使って
全体像を把握させる。その後、オリジナルの大きさを見せる。
様式の識別は難しい。
歴史に関する知識とたくさんの作品を見ることが必要だからだ。
そのため同じテーマで、異なる時代、異なる文明の作品を同時に見せて、
様式についての理解を深めてもらう展示も作っている。
視覚障害者との鑑賞の心得
1 本人に語りかける(介助者に話すのではない)
2 本人に手伝いが必要か尋ねる。強要はしない。
3 過度の情報提供を避ける
説明が先だと、触覚での鑑賞にならず、説明の確認作業になってしまう。
4 いつもどおり話掛ける。「こちらに見えますように」等の表現をタブー視しない。
5 視覚に頼ったあいまいな表現は避ける。ここ、右・左、もう少し上などを使う
6 鑑賞前に言葉で説明しない。まず見てもらいイメージを掴んでもらう。
そのほうが主観的に鑑賞できる。
障害者の自主性を尊重する。自ら発見してもらう。
タクタイルギャラリーは、一般の人にも開放されている。
晴眼者に目隠しをして鑑賞してもらうこともしている。
タクタイルギャラリーのコレクションは、世界で巡回展示をしている。
異文化間でのコミュニケーションを目的として、現地の文化と作品を
加えて展示している。
「古代以降」は南米に行っている。
「彫刻の中の動き」はいま台湾にあって、9月21日からは北京で展示。
展示の仕方、作品の大きさや並び方、色などが鑑賞に大きな影響を与える。
見る人が自ら照明を変えられる展示の事例を紹介して、照明の変化
(例:弱視者のデザインした、逆光によって量感を分かりやすくした展示)が
鑑賞に与える影響(一部だけ見ても理解できないが、展示に個性が出る)の
解説があった。
視覚だと「誤解」があるが、触覚だと完全に理解できる。
やさしい語り口のフランス語。どうにも睡魔が…
ここで10分間の休憩
現代は、平面画像の重要性が増している。
だから、触覚を活かした鑑賞方法を開発している。
例えば、線を浮き彫りにした線画を作る。
線にはいろいろな方法があるが、エンボス加工は量感が分かりやすい。
それでも平面絵画を触覚で理解することは、概念的に分かりにくい。
だから鑑賞のためのトレーニングを用意している。
(トレーニングしないと、線画は見えない)
例えば横顔の描き方。全盲の人には横顔の絵が理解し難い。
なぜなら、触覚では視点は一つではなく、三次元で理解するからだ。
そのため三次元から入って、それを二次元にしていく研修を作った。
・ 立体から平面(建物正面の図面など)の理解
・ 人体の構造の理解(自分の体を基準にして平面に描く)
・ 科学的なアプローチから美術的なアプローチへ
これを2日間かけて、ステップを踏んでいく。
絵画の要素のうち点と線を凸凹で表現して鑑賞ツールを作ってるけど
このとき、作品の色彩とか筆遣いってどう考えられているんでしょう。
伝える情報の内容や量を抑えないと(何もかもだと)、かえって
理解し辛くなる、ということなんでしょうかね。
その後、鑑賞ツールの紹介が続いた。
線画の実物に関心が集まる。
ギャラリーTOMに頼むと、実物をルーブルから取り寄せてくれる。
まとめの話
障害を持つ人も美術館で文化的な遺産に触れられなければならない。
まず、美術館に足を運んでもらわなければならない。
そのためにルーブルでは、視覚障害者も触覚を活かすことで
平面作品も鑑賞できるように工夫をしてきた。
モールディングによる彫刻、凸凹のある絵(線画)は鑑賞のよい技術。
そして、芸術作品を理解するトレーニングプログラムも持っている。
こうした障害者向けのツールは、ひろく一般の人にも活用できる
ものでなければならない。
障害者も鑑賞できるようにすることで、(障害者と健常者、
障害者と美術館の)相互理解が深まる。
それが、美術館のアクセシビリティを高めていく。
質疑応答
Q ブラインドの人の心や生活にどのような変化をもたらしたか?
A 新しい世界が開けると思う。
美術は自分のものではないと思っていたバリアを取り除くことになり
アクセシビリティを高める。
中途障害の人、生まれついて障害を持つ人も、美術館に来るようになった。
そしてそれが新しい社会活動に参加することになると思う。
芸術教育の目的は、知識を得るため得なく、喜びを得るため。
我々の活動は喜びを与えるもの。
Q 人に共通する表情は?
A 喜び、悲しみ、恐怖、怒り、苦しみ、驚き
告知のフライヤー
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